研究開発奨励賞について
NF Foundation R&D Encouragement Award
第1回(2012年度) 研究開発奨励賞
2012年12月、応募者の中から書類選考により、研究開発奨励賞10名が選出されました。
1月18日に10名の受賞者による研究発表会が開催され、
研究開発奨励賞優秀賞 2名、選考委員会特別賞 1名が選出されました。
研究開発奨励賞優秀賞(五十音順・敬称略)
氏名 | 所属 | 分野 | テーマ名 | |
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居村 岳広 | 東京大学 | 環境・エネルギー | 磁界共鳴による走行中電気自動車へのワイヤレス給電に関する研究 | |
小山 大介 | 同志社大学 | 先端計測 | 超音波放射力による高速可変焦点レンズとマイクロ光デバイスへの応用 |
研究開発奨励賞(五十音順・敬称略)
研究のねらいと概要
磁界共鳴による走行中電気自動車へのワイヤレス給電に関する研究
居村 岳広(東京大学)
環境・エネルギー
コイルを低Q かつ広帯域にして制御をほぼ不要し,その代償としてエアギャップを犠牲にした保守的な電磁誘導に対 し,積極的にコイルの高Q 化と制御を組み合わせることにより大エアギャップかつ高効率を達成できる次世代のワイ ヤレス給電技術の“磁界共鳴” を用いた走行中充電を実現させる.近年は,走行中充電の研究は韓国のKAIST が有名 になっているが,残念ながら巨大なコイルを使ってもエアギャップが約20cm と短く,実用に耐えられる設計になっ ていない.一方,磁界共鳴では走行中充電に最低限必要とされているエアギャップ60cm を達成させることは不可能 ではない.将来的に全車両の10%がEV となった場合,各SA での急速充電を想定すると,急速充電器(50kW)と そのための駐車エリアが約60 台,約3MW の電力供給が必要である.更に,急速充電には30 分かかる.この高速 道路におけるEV 充電の大問題が人知れず棚上げされている.次世代電池開発による走行距離延長という選択肢もあ り得るが,申請者はもう一つの道として,走行中充電の可能性を探っている.
超音波放射力による高速可変焦点レンズとマイクロ光デバイスへの応用
小山 大介(同志社大学)
先端計測
本研究では超音波の放射力を利用した高速応答可変焦点レンズと,それを応用したマイクロ光デバイスを開発する. 提案するレンズは,一般的な機械式カメラモジュールの様に焦点合わせの際にレンズ位置を動かすのではなく,人間 の眼の水晶体の様にレンズ自身の形状が変化して焦点位置を変化可能な可変焦点レンズである.高速で伝搬する超音 波の放射力を利用し,従来技術である機械式と比較して1 桁程度速い応答速度1 ms を目指す.高速応答レンズの実 現により,従来では高価な大型共焦点レーザ顕微鏡で測定していた微小な凹凸形状測定や,これまで撮影困難とされ てきた画面奥行き方向に高速移動する弾丸や,顕微鏡視野下での微生物の実時間3 次元運動などの観測・計測が可能 となる.また本レンズ技術を応用したマイクロレンズアレイ,血管内内視鏡用光ファイバレンズ,高速光スキャナな どの高速マイクロ光デバイスを開発する.
機能性遷移金属酸化物薄膜の初期成長過程の原子スケール観察
清水 亮太(東北大学)
先端計測
遷移金属酸化物は高温超伝導や強磁性,強誘電性等の豊富な機能を発現する魅力的な物質群である.これまでバルク 単結晶の劈開試料における物性発現機構の微視的理解がなされてきたが,エレクトロニクス応用に不可欠な薄膜材料 の微視的な観測の報告は限られている.近年では,界面や薄膜相特有の機能性に着目した「薄膜ならでは」の物理・ 化学が耳目を集めており,良質な薄膜作製とそれに基づいた電子状態観察による物性発現機構の解明はますます重要 な課題である.本研究では,良質な薄膜・界面成長とその物性発現機構の原子スケールにおける解明を目指し,精緻 な酸化物成膜が可能なパルスレーザー堆積法と極低温・強磁場中における原子スケール分光イメージングが可能な超 安定走査型トンネル顕微鏡を両立した装置を世界で初めて開発した.成膜後の薄膜表面を大気暴露することなく観察 し,酸化物薄膜の界面形成過程の原子レベルでの直接観察に成功した.
次世代光アクセスネットワークの省電力制御技術に関する研究開発
久保 亮吾(慶應義塾大学)
環境・エネルギー
通信事業者ビルとユーザ宅との間を結ぶアクセスネットワークの消費電力は,ネットワークシステム全体の約80% を 占めている.本研究開発の目的は,通信品質(伝送遅延やデータ損失)を可能な限り劣化させずに,高速化が進む光 アクセスネットワークの消費電力を削減することである.一般的に,トラヒックが流通していない場合に装置の一部 機能を停止させることで省電力化を図るスリープ制御が知られている.しかしながら,パケットが到着した際には, 装置を起動させるための立ち上がり時間が必要となるため,通信品質が劣化してしまうことが問題となっていた. 本研究開発では,トラヒック特性に応じてスリープ期間の長さやリンクレートを適応的に制御することで通信品質を 劣化させずに光アクセスネットワークの1 形態であるPON(Passive Optical Network)の低消費電力化を実現する手 法を提案し,シミュレーションおよび実機検証によりその有効性を確認した. 革新性のポイント:すでに標準化されている省エネイーサネット(EEE)は,1 対1 のトポロジを前提としたもので あり,PON のような1 対多のトポロジには適用できない.本研究開発では,PON の低消費電力化を実現するために, 低負荷時に有効な間欠起動方式と高負荷時に有効なリンクレート切替方式およびハイブリッド方式を提案した.特に, ハイブリッド方式はトラヒック特性を計測してフィードバックすることにより適応的にスリープ期間の長さとリンク レートを同時に制御し,低負荷時・高負荷時にかかわらず通信品質を確保しつつ低消費電力化を実現するものであり, 技術的な革新性は非常に高い.
マルチスケール電力システムのモニタリング・診断・制御技術
薄 良彦(京都大学)
環境・エネルギー
本研究テーマは,電力システムのモニタリング・診断・制御技術の開発を目的として,小容量の住宅レベルから中容 量の地域レベル,大容量の複数地域(系統)レベルに至るマルチスケール電力システムの解析・設計・運用技術の学 理確立を狙うものである.モニタリング技術では実計測データからシステムの診断に必要な情報を抽出する方法論及 びツール,診断技術では実データ及び数学モデルからシステムの安定性を評価するための方法論を開発する.制御技 術では,安全性を保証するためのシステム(プラント)の設計論,安定性を確保しつつシステムの多機能化を実現す る制御器を開発する.そして,計算機シミュレーション,研究室内小規模実験,実証実験により上記開発技術の有効 性を確保する.
高安全を担保する「イオン液体」を電解質に用いたリチウム二次電池の研究・開発
関 志朗(電力中央研究所)
環境・エネルギー
本研究では省エネルギー・低炭素社会を実現するためのキーマテリアルとして,水・有機溶媒に次ぐ第三の溶媒とし て期待されるイオン液体(IL)に注目し,これを電解質溶媒として用いた安全・高性能・低コストなどを兼ね備えた 蓄電池系の実現を目的とする研究を行い,リチウム二次電池の作製,高性能化に取り組んできた.さらに電解質と正 極・負極界面で生起する電気化学反応について,基礎的見地から各種材料の電気化学特性・材料物性を系統的に整理 し,電池性能改善への応用分野開拓を行ってきた.結果として,本研究の着手以前に報告されていた性能は,50 サイ クルの充放電程度が上限であったが,電池作製条件・構成材料・電極/ 電解質界面の適切な制御により,現在では数 百サイクル以上の安定な充放電作動が可能となり,実用化などについても本格的な検討が進められる段階に至った.
電気的情報を可視化する新しいMRI計測技術
関野 正樹(東京大学)
先端計測
画像診断に広く使われている磁気共鳴イメージング(magnetic resonance imaging: MRI) は,臓器の構造などの形態情 報や,血流などの生理学的情報の可視化に,広く利用されている.本研究では,生体の電気的情報をMRI の信号に反 映させて可視化する新しい手法を提案した. この手法によって初めて,生体組織の導電率を,高分解能かつ異方性も含めてマッピングできるようになり,生体の 電磁場解析にも利用できる電気特性モデルが得られた.さらには,脳内のニューロンが活動することによって発生す る極めて微弱な磁場が,MRI によって検出されることを示した.これまでの脳機能イメージングは,脳波などの時間 分解能に優れた手法と,近赤外光や従来型MRI による血流計測などの空間精度に優れた手法の,いずれかであった. 神経の微弱な磁場を検出するMRI は,数十ms の時間分解能と,mm の空間分解能を併せ持ち,次世代の脳機能イメ ージングにつながる.
次世代半導体集積回路のための超高分解能オンチップジッタ計測技術の開発
新津 葵一(名古屋大学)
先端計測
半導体集積回路の微細化によりクロック周波数が向上し,クロック信号のゆらぎ(ジッタ)による動作不良が深刻化 している.応募者はジッタをチップ上で正確に計測するために,「自己参照クロック技術」を用いた超高分解能オンチ ップジッタ計測技術の開発を行った.従来のオンチップジッタ計測技術では,外部から入力される基準となる参照ク ロックが必要とされたため,“参照クロック自身のジッタ” が計測分解能を律則してしまい,高分解能化が望めなかっ た.そこで,応募者は参照クロックの代わりに被計測クロックを複数サイクル遅らせた信号を使い,“被計測クロック” と“複数サイクル遅れた被計測クロック” とでタイミングを比較する「自己参照クロック技術」を提案し,世界初の参 照クロックが不要なジッタ計測回路の開発に成功した.参照クロック自身のジッタに分解能が制限されなくなったた めに,28fsという従来の400fs を大幅に更新する超高分解能ジッタ測定を実現した.
プラスチック光ファイバを用いた「記憶」を有する分布型歪・温度センサの開発
水野 洋輔(東京工業大学)
先端計測
近年,飛行機の翼やビルの内壁,ダムや橋梁など,多様化
する構造物に光ファイバを埋め込み,その経年劣化や地震
による損傷などを監視するシステムの重要性が国家レベル
で高まっている.そのため,光ファイバに沿った任意の位
置で歪の大きさや温度を測定できる「分布型光ファイバセ
ンサ」( 図1) を実現すべく,世界中で種々の取り組みが行われている[1,2].
しかし,従来専ら用いられていたガラスファイバは数% の歪( ひずみ:伸びのこと) で切断されてしまうため,それ
以上の大きな歪を測定することはできなかった.そこで本研究の狙いは,50% 以上の歪にも耐えられるほど柔軟性の
高いプラスチック( ポリマー) 光ファイバ (POF) [3] を用いて分布型センシングを実証することである.POF を用いる
ことで,対応可能な歪の拡大のみならず,「独創性のポイント」の項目で記すように,センサに対して「記憶」という新
たな機能を付与できる.この「記憶」を有効活用すれば,コストの大幅削減を通じ,大規模建造物に限られていたフ
ァイバセンサ技術の対象を 一般個人住宅等まで拡大できる.
これまでに,「記憶」の性質を含めたPOF の様々な特性(ブリルアン散乱特性)を明らかにしてきた.今後は,テー
パー加工による信号増強,および,実際のセンシングシステムの構築に着手する.
[1] T. Horiguchi, et al., J. Lightwave Technol. 7, 1170 (1989).
[2] Y. Mizuno, et al., Opt. Express 16, 12148 (2008).
[3] M. G. Kuzyk, Polymer Fiber Optics: Materials, Physics, and Applications (CRC Press, Boca Raton, 2006).
スピン波の新規高感度測定手法の開発
家形 諭(九州大学)
先端計測
強磁性金属中を伝搬するスピンの波は,GHz を超える共鳴周波数を有し,熱的にも安定なため,高周波通信デバイス や再構成可能な高速論理回路など,様々な応用が期待されている.しかし,スピン波の特性を実験的に調べるために は,Brillouin light scattering spectroscopy などの大掛かりな装置やGHz 超の高周波に対応した高価なネットワーク・ アナライザなどが必要であった.本研究では,スピン波励起時の磁気抵抗変化のAM変調法を用いることで,簡便な 電子計測器のみで,上記測定手法よりも高い感度でスピン波が検出できる技術の開発に成功した.