研究開発奨励賞について
NF Foundation R&D Encouragement Award
第6回(2017年度) 研究開発奨励賞
2017年10月、応募者の中から書類選考により、研究開発奨励賞10名が選出されました。
11月17日(金)に10名の受賞者による研究発表会が開催され、
研究開発奨励賞優秀賞 2名が選出されました。
研究開発奨励賞優秀賞(五十音順・敬称略)
氏名 | 所属 | 分野 | テーマ名 | |
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岡崎 雄馬 | 産業技術 総合研究所 |
先端計測 | 単一電子素子を用いた高感度機械振動検出の実現と微小電流計測への応用 | |
片岡 知里 | 東洋大学 | 環境・エネルギー | 銀ナノ粒子による水環境汚染の生態影響評価 |
研究開発奨励賞(五十音順・敬称略)
研究のねらいと概要
単一電子素子を用いた高感度機械振動検出の実現と微小電流計測への応用
岡崎 雄馬(産業技術総合研究所)
先端計測
半導体微細加工技術の発展に伴い半導体や超伝導材料を数ナノメートルのスケールで微細加工できるようになった。このようなナノ領域に電子を閉じ込めると電子間斥力の効果によって、電子を一つ一つ電気的に制御できる。申請者は、このような単一電子の閉じ込め構造、即ち単一電子素子が持つ先端計測としての2つの可能性に着目した研究を行っている。(1)単一電子の閉じ込め構造は、周囲の静電ポテンシャルに非常に敏感あり微小な物理量のセンシングに応用できることに着目した。具体的には、電気機械振動子と呼ばれる板バネ構造に単一電子素子を埋め込んだ素子を試作し、機械的な振動を電流へと変換して高感度に検出することに成功した。(2)単一電子素子は電子を一つ一つ制御することが出来るため、単一電子精度で正確な電流発生が実現でき、電流計測の基準(すなわち電流標準)へと応用できる。特に申請者が考案した新規駆動方式によって、単一電子からなる電気パルスを制御することが出来るようになり、これまで不可能だった有限周波数の電流を単一電子精度で生成することに世界で初めて成功した。
銀ナノ粒子による水環境汚染の生態影響評価
片岡 知里(東洋大学)
環境・エネルギー
今日のナノ産業の発展に伴い,使用後廃棄されたナノ粒子による水環境汚染が懸念されている。水環境汚染は,塩濃度の異なる各水域(淡水域,汽水域,塩水域および海水域)において発生しており,塩濃度が化学物質の毒性発現に関与していることが知られている。そこで本研究では,淡水から海水まで幅広い塩類耐性を示しかつ生態毒性試験に用いられている国際標準モデル生物メダカを用いて,銀ナノ粒子の生態毒性評価を行った。その結果,銀ナノ粒子はメダカ受精卵に対して,塩濃度依存的に致死毒性を示すことを明らかにした。次に,生物個体の健全性維持に必須な生体防御機構に与える影響を明らかにするために,銀ナノ粒子の免疫毒性影響を評価した結果,銀ナノ粒子はその抗菌活性により,腸管免疫系の恒常性の維持を担う腸内細菌叢を撹乱して,魚病細菌Edwardsiella tarda 感染によるメダカの死亡率を増加させることを明らかにした。さらに,銀ナノ粒子がメダカの絶滅リスクに与える影響を評価するために再生産試験を行った結果,銀ナノ粒子に曝露されたメダカ個体群の絶滅リスクが有意に増加することを明らかにした。
ナノカーボン電極を用いた高出力・高エネルギー密度キャパシタの開発
加登 裕也(産業技術総合研究所)
環境・エネルギー
キャパシタとはイオンの吸着によりエネルギーを蓄える蓄電デバイスである。その原理から、リチウムイオン電池など二次電池が苦手とする急速充放電が可能であり、寿命も半永久的であるためメンテナンスフリーで運転することができる。近年では、自動車にも搭載されるようになり、エネルギー回生などをより効率的に行うことで、CO2削減など環境負荷軽減の一翼を担っている。将来的には、太陽光、風力など再生可能エネルギーの電力平準化にも使われ、循環型エネルギー社会実現にも貢献することが期待される。このようなキャパシタをさらに普及拡大させるため、高出力・高エネルギー密度化を目指したナノカーボン電極の開発を行っている。本研究では、ナノカーボン材料として、従来から用いられる活性炭や新規材料のMgO鋳型カーボンなどを用いて、細孔構造制御や、カーボンナノチューブとの複合化、ナトリウムイオンキャパシタの開発などを行うことにより、キャパシタの高出力・高エネルギー密度化を実現した。
磁壁電流駆動現象を利用した省エネルギーメモリデバイスに関する研究
小山 知弘(東京大学)
環境・エネルギー
電流駆動型磁壁メモリは、コンピュータ内部での情報処理作業を格段に高効率化(省エネルギー化)できる次世代メモリ素子として注目されている。候補者はナノメートル精度の微細加工技術を駆使して素子を可能な限り微細化するという非常にシンプルな手法に注目して研究を行った。その結果、磁壁メモリには「素子サイズを小さくするだけで自然と消費電力も小さくなる」という驚くべき特性が備わっていることが明らかになった。またその背景には、磁壁を駆動させるために必要な電流値(閾電流密度)が「磁壁の内部構造を変化させるために必要なエネルギー」によって決まっているという物理が存在していることを突き止めた。本研究成果により、磁壁電流駆動現象の物理メカニズムが世界で初めて解明されたと同時に、これまで困難であった閾電流密度の低減を実現し磁壁メモリを省エネルギー化するための指針が明確になり、実用化への道が拓かれた。
有機エレクトロニクス材料中の電荷キャリアダイナミクスを捉える非接触計測法の開拓
櫻井 庸明(京都大学)
先端計測
有機半導体材料を用いたほとんどの電子デバイスでは、半導体・金属・絶縁体などから構成される相互接触界面で電荷が輸送されており、単なる素子の電流解析に止まらない、界面での電荷輸送現象を実験的に捉える手法の開拓が有機エレクトロニクス分野の理解・発展には必要である。申請者は、絶縁体/半導体界面に生じた電荷キャリアの輸送特性をマイクロ波で非接触・非破壊・定量的に検知することが可能な装置の設計・開発と、それを用いた電界誘起時間分解マイクロ波伝導測定法の実演を行った。注入した電荷のマイクロ波誘電損失現象を利用することで絶縁体/半導体界面での局所的・本質的な移動度の評価に加えて、界面にトラップされた電荷キャリアがマイクロ波に応答しないことを利用し、界面トラップ密度の定量評価にも成功した。また、半導体材料の結晶グレインサイズを制御した試料の測定を行うことで、グレイン内移動度およびグレイン境界でのキャリアトラップ–リリース時間を見積もった。さらに、マイクロ波の周波数を変化させた複素誘電率解析を行うことで、誘電率–伝導率の同時測定手法を確立し、トラップ深さや自由キャリア移動度の評価も可能とした。このように、マイクロ波によって得られる多様な情報を元に、界面電荷キャリアのダイナミクスを評価可能とする新規非接触法の開発を行った。二次元層状材料などの材料をターゲットとし、プラズマモデルを採用した解析にも取り組んでいる。
マイクロ波プラズマ源の内部診断手法の確立とイオンエンジンへの適用
月崎 竜童(宇宙航空研究開発機構)
先端計測
小惑星探査機「はやぶさ」のマイクロ波イオンエンジンや、工業用マイクロ波プラズマ源では、最も汎用的である金属プローブがマイクロ波電磁界に大きな擾乱を発生させるため、内部のプラズマ状態の解明は従来不可能だった。本研究では、マイクロ波への擾乱が小さい光ファイバに着目し、レーザ分光法や電気光学素子と組み合わせることで内部プラズマ診断手法を新たに確立した。本手法を用いて、マイクロ波イオンエンジンの内部診断を実施したところ、以下が判明した。
A. エンジン内部の磁場によって、イオンが旋回しトルクを生み出している。
B. マイクロ波伝送を担う導波管内にプラズマが侵入し、推進性能が律速されている。
A については、イオン加速時に発生しているという従来の学説を覆す新たな発見として、当該分野におけるトップジャーナルで発表予定である。またB の解明によって、イオンエンジンの改良を行い、500W 以下で世界最高性能のイオンエンジンを実現し、重量増加に苦しんでいた「はやぶさ2」を実現可能に導いた。現在は、小惑星Ryugu に向けた最終運転を実施している。
実固体触媒中の反応・劣化現象の画像化計測技術の開発
松井 公佑(名古屋大学)
先端計測
多くの化学工業プロセスに汎用されている固体触媒の開発は、次世代の物質変換を支える基盤となる重要なものです。実用の固体触媒材料は、空間的な周期性を持たない不均質な構造を有する材料が多く、また触媒活性を担う金属種の担持量も少ないことから、その構造解析には、放射光を用いたX線吸収微細構造(XAFS)法が必要不可欠です。固体触媒の反応特性は、固体材料中の触媒活性種の分布や配位構造に支配されますが、時々刻々と変化する触媒反応条件において、不均質な材料中における触媒活性種の位置や配位構造を可視化することは大変困難であり、世界的にもほとんど実現されていません。 そこで候補者は、固体触媒材料中の元素の分布や化学状態、配位構造の違いを触媒反応条件下で可視化することのできるoperandoイメージングXAFS法を開発し、実用触媒材料が抱える諸問題解決の糸口となる基盤構造情報を世界に先駆けて明らかにしました。
微小球共振原理を用いた幾何標準のためのマイクロスケール球の計測評価
道畑 正岐(東京大学)
先端計測
マイクロスケールの幾何標準となるマイクロ球の寸法(直径)を高精度に計測可能な技術が求められている。これまでに、白色干渉法などの従来原理を応用した手法が提案されているが、測定器そのものの測定誤差に加え、球は3 次元方向に面を持つため、走査による幾何学的な誤差により、得られる測定精度が制限される。本研究は球に特化した新規計測原理を提案している。球形状に対してのみ発生する共振現象を用いるため、共振器となる球形状をその共振波長から高精度に計測できる可能性がある。具体的には、最終的に1 mm 以下のマイクロ球の直径を10 nm 以下の測定不確かさを達成する計測原理確立を目標としており、Whispering gallery mode (WGM) 共振を用いた手法を提案している。マイクロ球で起きるWGM の共振波長を測定し、その共振波長に対するモード番号・偏光の同定によって、一意に直径を推定可能である。本手法は、長さ基準である光波長に基づくため、幾何標準としての親和性が高い。現状、提案手法を用いて直径約55 μm のガラス球を測定した結果、直径計測を3 nm 以下の繰返し精度を実現している。
テラヘルツ波のレーダ応用の研究
門内 靖明(慶應義塾大学)
先端計測
電波と光波の中間のテラヘルツ波をレーダに応用するための研究開発を行っている。テラヘルツ波を用いることにより、近年急速に普及している車載ミリ波レーダよりも1桁以上高い分解能と1桁以上小さな開口径とを両立できる。これにより、例えばドローンやウェアラブル端末など自動車よりも1桁以上小さな移動体に高機能レーダを搭載できるようになり、周囲の3次元認識が可能になる。 テラヘルツ波は、赤外線と比べて送受信波の位相の制御・取得が容易なため、ビームフォーミングや開口合成などの高度なアレイ信号処理が可能である。また、同程度の波長を有する超音波と比べて空中での伝搬損失が少ないうえ、音速度に律速されることもない。申請者はこのような着眼に基づいて、テラヘルツ帯で合理的なレーダシステムの構成法を提案・実証してきた。具体的には、周波数掃引によって機械駆動を用いずにビームを走査し、対象物分布を検出できることを実験的に実証するとともに、応用可能性について議論してきた。
酸化物の金属絶縁体転移を用いた低消費電力電子デバイスの研究
矢嶋 赳彬(東京大学)
環境・エネルギー
申請者は、新しい低電圧動作トランジスタの候補として、図1のようにトランジスタのチャネルに金属絶縁体転移材料を用いた金属絶縁体転移トランジスタの開発を行った。この素子は、急峻な金属絶縁体転移によってトランジスタのON/OFFスイッチングを行うことで、低電圧動作を可能にするものである。実際に、VO2金属絶縁体転移材料とTiO2超高誘電率ゲート絶縁体の理想的な組み合わせによって、固体素子で初めて金属絶縁体転移トランジスタの動作に成功し、その特異な動作メカニズムを明らかにした。本結果は、新しい低電圧トランジスタ開発のための基礎となるとともに、金属絶縁体転移を用いた新しいデバイス物理の構築にもつながるものである。