研究開発奨励賞について
NF Foundation R&D Encouragement Award
第7回(2018年度) 研究開発奨励賞
2018年10月、応募者の中から書類選考により、研究開発奨励賞10名が選出されました。
11月16日(金)に10名の受賞者による研究発表会が開催され、
研究開発奨励賞優秀賞 2名、選考委員会特別賞 1名が選出されました。
研究開発奨励賞優秀賞(五十音順・敬称略)
氏名 | 所属 | 分野 | テーマ名 | |
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奥田 貴史 | 京都大学 | 環境・エネルギー | 炭化珪素半導体を用いたパワーデバイス開発および電力変換回路への応用 | |
谷川 智之 | 東北大学 | 先端計測 | 多光子励起顕微鏡を用いた次世代半導体材料の結晶欠陥の非侵襲イメージング |
選考委員会特別賞(敬称略)
研究開発奨励賞(五十音順・敬称略)
研究のねらいと概要
炭化珪素半導体を用いたパワーデバイス開発および電力変換回路への応用
奥田 貴史(京都大学)
環境・エネルギー
炭化珪素(SiC)半導体は電力変換のための究極の省エネルギー材料として注目され、国内外の大学や企業で盛んに研究が行われている。優れた電力変換回路を実現するため、半導体デバイスの高性能化とその性能を引きだす回路設計が極めて重要である。そこで申請者は「半導体デバイス開発」および「電力変換回路開発」の双方を一貫しておこなった。
申請者はSiC の結晶成長にはじまり、基礎材料物性を5 年間かけて調べなおし、デバイス設計に重要な材料物性を明らかにした。そしてそれらを総合し、高性能SiC デバイスを実現した。
また、博士学位取得後、研究室を異動し電力変換回路の研究を開始した。半導体デバイス物理の知識をいかして、高周波スイッチングに対応した回路シミュレーション環境を構築し、これを活用することで小型低損失の電力変換回路を実現した。半導体研究から回路設計まで一貫して研究をおこなうことで独創的な研究成果に至ったといえる。
多光子励起顕微鏡を用いた次世代半導体材料の結晶欠陥の非侵襲イメージング
谷川 智之(東北大学)
先端計測
GaN やSiC などの次世代半導体は、Si を代替するパワー半導体として注目されている。これらの材料には結晶欠陥が大量に含まれ、パワー半導体の実用化にあたり弊害となっている。そこで、次世代半導体材料を用いた新しいデバイスを実用化させるためには、結晶欠陥の性質を非侵襲で観察する技術が求められる。本研究開発では、生体組織の観察に用いられる多光子励起顕微鏡を半導体観察に活用し、GaN の結晶欠陥の非侵襲観察を試みた。生体組織と半導体材料の観察では、そもそも観察原理が異なる。申請者がこれまでに実施してきた光物性に基づいた結晶欠陥観察の技術を用いて観察技術を構築し、試料を加工することなく100 μm 以上の広範囲に渡る結晶欠陥を観察することができた。さらに、半導体物性に基づいた解析により欠陥の種別を判別することができた。
本研究は2016 年9 月より着手し、2017 年3 月に応用物理学会で発表した。発表以降の1 年以内にGaN 研究開発に従事する大学2 機関と企業1 社が装置を導入し、速やかに技術が普及した。2018 年2 月には論文を公開し、2018 年9 月6 日時点の論文閲覧数は3637 件である。
不安定零点と遅延を持つ非最小位相系に対する精密位置決め制御法
大西 亘(東京大学)
先端計測
半導体や液晶露光装置、また工作機械は、生産性向上のために精密位置決めステージが大型化している。そのため、アクチュエータやセンサのノンコロケーション(位置が離れていること)による不安定零点や、軽量化のための空気圧アクチュエータ導入による遅延が問題となっている。不安定零点や遅延がある制御対象は、「非最小位相系」として知られ、高性能なフィードフォワード制御器設計、高帯域なフィードバック制御器設計が困難な制御対象として知られている。
そこで本研究では、「Preactuation を用いた不安定零点がある制御対象への完全追従制御」、「入力遅延および内部遅延補償による空気圧アクチュエータの高帯域フィードバック制御」を提案し、双方とも精密位置決めステージを用いて実証実験を行い、有効性が示された。
本提案により、アクチュエータとセンサの位置に関する機構設計の制約を緩和し、さらに空気圧アクチュエータによる精密位置決めという、装置の大幅な軽量化・低価格化を実現する技術革新を起こすことが出来た。
ソフトマター物理を活用したプリンテッドエレクトロニクスの基盤技術開発
荒井 俊人(東京大学)
環境・エネルギー
プリンテッドエレクトロニクスとは文字や写真を印刷するように、溶媒に溶かした機能性分子を塗布することで電子デバイスを作製する試みであり、常温・常圧でのデバイス製造が可能となることから、省エネルギー・省資源でのデバイス製造が期待されている。特に、近年溶媒に可溶な有機半導体で移動度が実用レベルの材料が多数報告された。しかし、印刷により得られる塗膜の結晶性や厚みを制御することは一般に困難であり大きな課題となっていた。そこで、本研究ではソフトマター物理の知見を活かし、層状に並びやすい液晶性の低分子有機半導体を用いることで2 分子膜構造を単位とする薄膜単結晶を構築した。さらに材料の持つアルキル鎖を活かし、異なるアルキル鎖長の2 種類の分子を混ぜて印刷することで、2 分子膜の積層化を制御し、結晶性と膜厚均質性を兼ね備えた分子薄膜構築が可能であることを見出した。本手法を用いることで100cm2 以上の大面積にわたり膜厚が分子レベルで均質な薄膜を構築可能であり、得られた薄膜を用いて作製した薄膜トランジスタはアモルファスシリコンを凌駕する移動度を示した。
独自開発超高速ひずみ計測装置による極限強磁場中スピン格子科学の開拓
池田 暁彦(東京大学)
先端計測
100 テスラを超える極限超強磁場領域において、この10 年で重要な磁場誘起相転移が発見された。固体酸素の新規強磁場相、フラストレート磁性体の磁気超流動相、コバルト酸化物の新奇相への磁場誘起スピンクロスオーバー(SCO)の発見がその一例である。どの系も「強いスピン格子結合」をキーワードとして、その強磁場相の起源が解釈された。しかし、その検証に必須である、超強磁場中磁歪計測技術は実現していなかった。このため、超強磁場で発見された新奇相転移の本質・機能性の探索は手つかずであった。
申請者は新規な歪み計測素子であるファイバーブラッググレーティングに着目し、その歪み検出系を独自に考案することで、100 MHz に及ぶ超高速歪み計測装置を実装した。これによって世界で初めて100 テスラを超える極限強磁場領域での磁歪計測を実現した。これを用いて、コバルト酸化物の異常なSCO、固体酸素の異常伸縮磁歪、2 次元量子磁性体の超強磁場新奇相を発見し、その十分な歪み分解能を示した。申請者は「超強磁場スピン格子科学」というフロンティアを切り開いた。
電圧による低消費電力な磁気記録の開発
塩田 陽一(京都大学)
環境・エネルギー
次世代不揮発性メモリの一つとして、磁気抵抗メモリ(MRAM)の開発が進められている。申請者はMRAM における磁気記憶層の書込みについて、パルス電圧による磁化反転技術を確立し、低消費電力かつ安定動作させるための研究を行った。この手法は従来の電流による書込み技術とは全く異なるため、ナノ秒以下の非常に高速な書き込みが可能である。一方で、書込みエラー率の低減が応用に向けての課題であった。そこで申請者は、磁気記憶層として非常に薄い強磁性金属であるコバルト鉄ホウ素(CoFeB)を有する磁気トンネル接合素子において、書込みエラー率の評価およびエラー率を低減させるための指針をシミュレーション計算によって示した。その後、シミュレーション計算の指針に沿って磁気記憶層を最適化することによって、大幅な書込みエラー率の低減に成功し、一回のエラー訂正で実用的な書込みエラー率を実現可能である事を実証した。本研究の成果により超低消費電力性と高信頼性を併せ持つ電圧駆動型MRAM の研究開発が大きく加速すると考えられる。
生物の状況適応的行動選択メカニズム解明のための人工物-生物閉ループシステム
志垣 俊介(横浜国立大学)
先端計測
本研究では、人工物-生物閉ループシステムという新しいコンセプトに基づいて生物が持つ状況適応的な行動選択メカニズム解明する。人工物-生物閉ループシステムは、人工物と生物を一つの制御系として構成し、コントローラである生物は自身の体ではない機械身体を制御することでタスクを行うという系である。機械身体を制御している生物の行動だけでなく、感覚器応答や脳神経系を計測することで、生物が持つ状況適応的な行動選択メカニズムを内面と外面の双方から明らかにする。
昆虫を含む生物は多様・多数の感覚器から得られる情報を統合し、行動に反映することで、頑健かつ適応的に振舞うことができている。しかし、従来の生物模倣型アルゴリズムは人工物の信号処理時間や移動形態を考慮していなかったため、生物本来の性能を発揮できていない。このシステムにより、人工物と生物の両者のパラメタを同時に計測することから、その問題点を克服可能と考え、知能ロボティクスをさらに発展させるブレイクスルーとなり得る。
Rashba・トポロジカル表面電子状態の解明に向けたスピン分解光電子分光装置の開発
高山 あかり(早稲田大学)
先端計測
近年、電子スピンを利用したスピントロニクスデバイスの開発に期待が高まっており、それに伴いRashba 効果やトポロジカル絶縁体などの特異なスピン物性を示す物質について精力的な研究が行われている。これらの物性の発現機構を解明する鍵となるのがフェルミ準位近傍の電子の性質であり、電子の運動状態を表す「エネルギー」「運動量」「スピン」を同時に決定できるスピン分解光電子分光法は、非常に強力な実験手法である。本研究では、これまで検出の難しかった電子スピンを「高分解能」かつ「高効率」で測定できる小型モット検出器を備えたスピン分解光電子分光装置を開発し、Rashba 効果が発現するV 族半金属や様々なトポロジカル絶縁体など、特異なスピン物性を示す物質について高分解能測定を行った。本研究によって、従来の単純なモデル薄膜におけるスピンその詳細および発現機構を解明した。
交流電気化学発光を用いた新規ペーパーデバイスの構築
常安 翔太(東京工芸大学)
環境・エネルギー
本研究では、電気化学発光(ECL)という、電気化学的に生成された発光材料の励起状態からの発光現象に着目し、新機軸発光デバイスの開発を行っている。ECL 現象を利用した発光デバイスは、電極表面に形成される電気二重層の非常に大きな電位勾配によって電荷注入を行うため、電極の金属種を選ばず厚膜化、フレキシブル化も容易であり、自由度の極めて高いステッカー型の発光デバイスへの展開が期待されている。さらに、交流駆動も可能であるため、交直変換装置が不要である。したがって、交直変換によるエネルギーロスがない。
これまで申請者は、交流駆動によるECL(AC-ECL)の特色を活かしたAC-ECL の高機能化、駆動原理の解明・実証を行ってきた。さらに、ECL を誘起する電気化学反応を利用し、発光のみならず、エレクトロクロミズムや液晶の駆動による反射表示も制御することで、発光と反射が制御可能な「デュアルモード表示素子」について研究も行ってきた。これからの研究では、軽量性・柔軟性・リサイクル性という新規機能性をAC-ECL デバイスに付与するため、紙基板上においてAC-ECLによる発光が可能な革新的ペーパーAC-ECL デバイスの実現を目指す。
レーザー誘起発光分析と希ガス分析を組み合わせた月・惑星表面物質のその場年代計測
長 勇一郎(東京大学)
先端計測
太陽系誕生直後の10 億年間は、太陽系・地球の初期進化を知る上で重要でありながら、地球上では証拠探しが難しい時代である。この時代に太陽系で何が起こり、それが生命の誕生にどのような影響を及ぼしたか。この疑問に答えるためには、月や火星の表面に残された地質記録を解読する必要がある。太陽系の初期進化と生命誕生場の様相に実証的に迫るための最重要観測量は、同位体計測に基づく岩石の放射年代である。申請者は、岩石のカリウム・アルゴン(K-Ar)年代計測器の惑星着陸探査機搭載を目指して研究を行ってきた。まず原理実証用の装置を製作し、岩石中のK とAr の局所分析法を開発した。具体的には、レーザープラズマ分光法でK 濃度を高精度で計測する手法を実証し、更に10-14 mol という微量のAr を質量分析計で計測する手法を開発した。
次に両手法を組み合わせることで、玄武岩や片麻岩などの天然試料に対して年代が精度よく計測できることを示した。これは惑星探査における本手法の有効性を強く示唆する結果である。この結果を受け、現在は本技術の小型化と宇宙環境耐性試験、野外動作実証試験に取り組んでいる。