研究開発奨励賞について
NF Foundation R&D Encouragement Award
2021年度 研究開発奨励賞
・2021年10月、応募者の中から書類選考により、研究開発奨励賞10名が選出されました。
・2021年11月17日に研究開発奨励賞受賞者10名による研究発表会を開催、3名の優秀賞が選出されました。
・2021年11月26日、オンラインにて、優秀賞発表ならびに表彰式が開催されました。
研究開発奨励賞 優秀賞(五十音順・敬称略)
研究開発奨励賞(五十音順・敬称略)
研究のねらいと概要
有機半導体界面での新原理フォトンアップコンバージョン
伊澤 誠一郎(分子科学研究所)
新価値創成
フォトンアップコンバージョン(UC)は長波長の光を短波長に変換する技術である。従来法は、重原子効果による分子内項間交差により三重項励起子を生成することを基盤とする。しかし、溶液中、レーザー光などの強い励起光が必要、応用上で最も重要な固体中では量子収率が0.1%以下と非常に低いことなどが問題である。
そこで申請者は、これまで研究してきた有機太陽電池の光電変換原理を応用することで、有機半導体界面で新原理のUCが起こせることを見出した。その鍵は界面での電荷分離・電荷再結合を介した励起状態のスピン反転である。その結果、従来法の問題点を一挙に解決し、希少・有害元素フリー、かつレーザー光を用いずに、従来のより約100倍高い量子収率を実現した。この新原理UCの発明で、目に見えない近赤外光を、黄色光に高効率に変換できるフレキシブル薄膜デバイスの構築に世界で初めて成功した。
中性pHで駆動する水電解システムの開発
品川 竜也(東京大学)
環境・エネルギー
持続可能な社会の実現に向け、我々は再生可能エネルギー由来の電力を積極的に利活用しなければなりません。その中核となる【H2O電解によるH2製造】は、これまで強い酸性・塩基性pH条件において検討・開発されてきました。しかしそうした条件では、高い腐食性に起因して材料選択肢が限られる等の課題があり、技術の広範な実用化には至っていません。申請者は、中性pH濃厚緩衝水溶液をH2O電解用の次世代電解質として提案し、以下を達成しました:
・ 電極プロセスを、触媒化学・電気化学・溶液化学の知見に立脚して理解し、中性pH条件におけるH2O電解効率の支配因子を明らかにしました。
・ 上述の反応理解に基づいて電解質を高度に制御し、従来型の酸・塩基性pH条件に匹敵するH2生成速度を、中性近傍pHにおいて実現しました。
この成果は、中性pH水溶液を電解質とするH2O電解という新たな一領域を開拓し、将来的なグリーンH2の普及、さらには工業プロセスの電化を推進するものです。
トポロジカルな磁気構造を伴う新物質の開拓
高木 里奈(東京大学)
新価値創成
電子スピンが作るナノスケールの渦構造(スキルミオン)は、サイズの二乗に反比例して応答現象が向上するという特異な性質を示すため、次世代超高密度磁気メモリにおける新しい情報担体の候補として高い期待が寄せられている。本研究では、特殊な結晶構造がなくても、磁性金属に内在する性質を活用した新しい機構によってスピン渦が形成されるという従来の概念を覆す現象を発見した。この発見を活かした物質設計によって、スキルミオンの高密度化に対する指針を明確にし、超高密度なスキルミオンの実現に成功した。この新しい形成機構は、物質探索の幅を飛躍的に拡張するだけでなく、更なる高密度化を可能にするという点で、スキルミオンの産業上の応用価値を高めたと言える。
未利用熱エネルギー活用に向けた
ナノ構造界面制御技術に基づく高性能透明熱電材料の開発
石部 貴史(大阪大学)
環境・エネルギー
脱炭素社会実現に向けて、新たなクリーンエネルギーの創出が切望される。未利用熱を電気エネルギーに直接変換する熱電変換は新エネルギー源として期待される。しかし、①低い熱電変換効率、②狭い応用先(温泉、工場)といった学術的・社会的な課題がある。申請者は、独自開発した高制御性ナノ構造界面により、高熱電変換効率を達成すること、また、応用先拡大のためにガラス等の透明材料の未利用熱を回収すること、以上二点に着眼した。
従来、熱電変換効率向上には、低熱伝導率、高電気伝導率、高ゼーベック係数が要求される。しかし、それらには相関関係があるため、この三物性同時制御は究極の課題であった。申請者は、ナノ構造界面の組成・結晶方位を緻密に制御することで、上記課題をクリアする新方法論を構築した。これは、熱電変換分野に一石を投じる学術的意義の高いものである。さらに本方法論を透明材料に適用することで、透明熱電材料を世界に先駆けて提案した。これは、熱・電気に加えて光を融合させた新分野を開拓するものである。この透明熱電材料は、世界中にあふれる窓ガラスの未利用熱をも回収可能にする新エネルギー材料として社会的にも意義のあるものである。
組織透明化手法の開発による神経-免疫連関機構の計測
久保田 晋平(北海道大学)
先端計測
本研究の目的は、”組織透明化手法の開発による神経-免疫連関機構の計測”である。これまで技術的な限界のため自己免疫疾患が持つ高度な時空間的多様性に関しては限られた知識しか得られていない。自己免疫疾患のように多種類の細胞群によって構築される多細胞システムの理解は分離された細胞を対象とする解析手法だけでは不十分であり、個体内の細胞の位置情報を保持した状態で細胞の機能情報を包括的に解析する手法が必要とされてきた。申請者は神経-免疫連関の解析技術として組織透明化技術およびライトシート蛍光顕微鏡に着目し研究を推進している。
振動分光法のための第IV族オンチップ光学デバイス
肖 廷輝(東京大学)
先端計測
環境汚染、高齢化、公衆衛生や治安といった急速な経済成長に付随する社会問題の解決が望まれている。分光法による分子の検出とその情報の分析は、このような問題の解決においても有用なアプローチである。例えば、大気中の有害物質の検出を行うことで汚染物質の出所の追跡ができる。これは環境汚染の抑制やテロ攻撃の予防において効果的であるといえる。他の例としては、人の体液や代謝物の組成を分析することで様々な病気の早期診断が可能になり、治癒率の向上や治療にかかる費用と国の経済的負担の削減がなされる。振動分光法は分子に固有の振動を検出することで生体分子の定性・定量的な検出・分析を可能にし、生体分子分析において多用される重要な分析法である。しかし生体分子自体の振動吸収・散乱断面積は一般に小さいため、従来の振動分光法では光と分子の相互作用が弱く、検出感度が低いという問題を抱えている。本研究では、第IV族元素の制御可能かつ強い光-物質相互作用を用いて低コスト・高感度な振動分光法のためのオンチップ光学デバイスを複数種類考案し、それらを実験的に実証した。上記の社会課題を解決することはもちろん、ライフサイエンスの踏査においても重要な役割を果たすと期待される。
脱炭素社会に向けた移動体用太陽電池の低コスト製造技術の開発
庄司 靖(産業技術総合研究所)
環境・エネルギー
脱炭素社会の実現には再生可能エネルギーの利活用に関してイノベーションが必要であり、太陽光発電も新規技術開発により利用拡大が期待されるエネルギー源の一つです。しかしながら、現在広く普及しているSiを主材料とした太陽電池は発電効率がすでに限界値に近く、多くの発電量を得るには大面積を要するため、応用先が限定されます。そこで、より高い発電効率が得られるIII-V族太陽電池の利用拡大が期待されています。III-V族太陽電池は環境変化に強く、長期信頼性を有するため、人工衛星や探査機などの宇宙用の電源として使われております。一方で製造コストが非常に高いため、地上用では広く利用されておらず、応用拡大に向けては低コスト化が課題となっております。この課題を解決するために、申請者はハイドライド気相成長法という安価な原料で半導体の結晶成長を行う技術に着目し、それを太陽電池製造に利用することで高性能なIII-V族太陽電池を低コストで製造することを目指して研究開発を行っております。当該製造方式により、III-V族太陽電池の低コスト化が実現できれば、電気自動車をはじめとする移動体用電源としての利用が可能となり、CO2排出量削減に大きく貢献できることとなります。
長波長側の可視光をエネルギー源とする有機光触媒システムの開発
田中 健太(横浜国立大学大学院)
新価値創成
近年の地球環境問題から、SDGsのような環境に配慮した取り組みが世界的に行われており、有機合成化学分野においても脱炭素社会の実現を目指した環境に対する負荷を軽減しうる新たな合成プロセスの開発が試みられている。その代表的なものの1つとして、可視光を光源として利用できる光触媒反応が近年精力的に研究されているが、紫外領域に最も近い短波長側の可視光である紫~青色光(380-490nm)を光源として使用していることにより、低いエネルギー効率が課題となっている。
このような背景から、申請者は長波長側の可視光である緑色光(波長495-570nm)を利用できる有機光触媒を独自に設計・開発し、緑色光を光源としたエネルギーの効率の高い有機合成反応を開発することに成功した。本触媒は安価な原料から容易に合成することができることから、世界中の化学者が利用可能であるため、全世界でエネルギー効率の高い合成反応を開発できるようになった。更に太陽光を利用した高効率な合成反応にも成功していることから、持続可能なエネルギー資源である太陽光を利用した化学製品の生産に基づく脱炭素社会の実現が期待できる。
昆虫嗅覚を活用した環境中の匂い検出・匂い源探索技術の構築
照月 大悟(東京大学)
先端計測
環境中の匂い検出とその発生源を探索する技術へのニーズが高まる一方、既存の匂いセンサは感度や応答速度に課題を残す。そこで、匂い分子を高感度かつリアルタイムに検出する昆虫嗅覚(嗅覚受容体・昆虫触角)に着目した。本研究は、昆虫嗅覚と工学技術(センサ・ドローン)を融合したバイオハイブリッドシステムを構築し、既存のセンサ技術の限界を打破する新しい匂いセンサ・匂い源探索技術を実現する点に意義がある。まず、昆虫嗅覚受容体と電界効果トランジスタ(FET)を融合した細胞-FET型匂いセンサを構築した。これは小型・低消費電力かつ、場所を選ばない計測に有効である。また、気体状の匂いを水中に高速溶解する技術を開発し、嗅覚受容体による気相液相を問わない匂い検出に成功した。さらに、カイコガ触角を搭載したバイオハイブリッドドローンを構築して、リアルタイムな匂い検出と匂い源探索を実現した。以上のバイオハイブリッドシステムにより、本研究では環境中の匂い情報の理解と活用に貢献する新しい先端計測技術の構築に成功した。
電磁相互作用による熱電物性解明と新原理エネルギー変換デバイスの開発
村田 正行(産業技術総合研究所)
環境・エネルギー
わが国では温室効果ガス削減目標として、2050年までにカーボンニュートラルの実現が示されています。このように大きな目標を達成する為には、限りあるエネルギーを徹底的に有効活用する技術の実現が必要です。特にエネルギーの最終形態となる熱の高度活用は必要不可欠であり、申請者はその手段として「温度差」と「熱」の直接変換を可能にする熱電変換素子に着目しました。これは、材料に温度差を与えると電位差が生じる効果(ゼーベック効果・ネルンスト効果)や、電流を印加すると温度差が生じる効果(ペルチェ効果・エッティングスハウゼン効果)を利用しています。工場や環境熱等の捨てられている熱を電気エネルギーとして回収することが可能になるため省エネルギー化への貢献が期待されており、本研究では高効率化に向けた材料とデバイスの開発を行いました。